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                               鉛―社会を支えるすぐれもの

                                     中島 喜教


       「鉛フリーだ」、やれ「鉛レス」だと欧州のRoHS指令に端を発した最近の鉛に対する風当たりは、
       強くなるばかりである。鉛の製造販売に携わるものから見れば、一種の魔女狩りに近い。
 
        鉛の毒性や鉛中毒の症状については古い時代から知られており、19世紀の半ばに鉛の製錬、
              加工に従事していた者に鉛中毒が多く発生し、死亡率も高かったことが記録されている。
       その主な原因は浮遊する鉛粉や鉛化合物が口や鼻からはいり、ある許容限界以上の鉛が体内に
       摂取されたためである。
       その後、鉛製錬所をはじめ鉛の加工工場では職場環境の改善、衛生管理の徹底等の諸対策が
       講じられた。
       現在では、鉛を直接取扱う製錬所や工場においてさえ鉛中毒の発生は皆無である。
 
        鉛地金や金属鉛の加工品に触れただけで鉛中毒になる心配はまったくない。
       鉛は取扱いを間違えず、その性質をうまく利用すれば我々の生活を便利に、
       そして豊かにしてくれる。
       その主な用途はバッテリーである。あるとき、「車のバッテリー、あれはプラスチックじゃ
       ないんですか」と聞かれて、唖然としたことがある。車のバッテリーの中身、正体は鉛である。
       鉛が電気エネルギーを化学エネルギーとして蓄電する現象に着眼し、それを応用したものだ。
       廉価で高い信頼性、しかもリサイクル可能な鉛バッテリーは、自動車をはじめ電気通信、
       非常用電源、フォークリフトなどに利用され、近代社会には欠くことのできない強固な基盤を
       築いている。
 
        鉛は原子番号が高く、密度が高い、さらに放射線によって放射化されず安定している。
       まさに放射線の吸収材料としては最高の性質を備えている。その性質を利用した身近なものに
       病院のレントゲン室やCTスキャン室の遮蔽板がある。部屋から放射線が漏れないように部屋は
       鉛の薄い板で覆われている。原子力発電所をはじめ大学や研究所の放射線装置の遮蔽材としても
       広く使われ、安全確保に寄与している。
       
        また、鉛は高密度かつ柔軟性に富む。すなわち振動のエネルギーを吸収する能力も高い。
       音響の方面では、遮音材としてオペラホールやホテルの壁、最近ではマンションの排水管などに
       使われている。
        
        機械的振動に対する減衰材としてはビル等の免震装置に用いられている。
       震度6の福岡県西方沖地震でも福岡市内13棟の免震ビルはほとんど無傷、屋内でも書棚の
       転倒被害もなかったと聞く。
       鉛は目にみえないところで社会に貢献している。
 
        ガラスの中に鉛の酸化物を添加すると、光の屈折率が高くなり、分散も大きくなる。
       酸化鉛は光学ガラス、クリスタルガラスには不可欠である。光学ガラスはカメラのレンズとして
       用いられ、写真という形で芸術の一分野を切り開いている。
       
        アイルランドのクリスタルガラス、ウォーターフォードグラスは、ウィスキーを一段と輝いて
       見せてくれる。
       ハウスワインもウォーターフォードのワイングラスに注げば、一本ン万円のワインの雰囲気である。
       鉛にはグラスひとつでリッチな気分にしてくれる不思議な力がある。
       
        このように鉛はまさに社会を支えるすぐれものである。

                                  (平成17年6月20日 産業新聞 産業春秋)