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     私の履歴書 E 退職後
夫婦ふたり暮らし

 あれからもう10数年経ち、六ケ所の濃縮プラントの実状は知る由もありませんが、公表された原燃の報告書によると、
一時は1,050トンSWU/Y規模の原型プラントと同一遠心機が稼働し、日本の濃縮需要の3割近くを賄っていましたが、想定通り
10年少々で寿命を終えています。その後は、先導機タイプの遠心機が僅か1/10以下の75トンSWU/Y程度製造され、4〜5年運転
されていましたが、2017年9月から運転停止中となっています。製造費が桁違いに高く、又、多くの技術的問題があった遠心機で、
現在どういう状況か分かりませんが、技術力の維持も材料、部品メーカーの存続も極めて困難でしょうから、折角我々が心血を
注いだ遠心法も日本では、最早、風前の灯です。国は事業費だけでも2千億円以上を費やして、税金で賄っています。電力も
これに相当する額を費やしているはずで、電気代で賄っています。本来であれば、なぜこの様な結果になったのかの原因を明確にし、
責任を明らかにすべきです。

 私がリタイアした後、唯一の公的仕事をしたのが福島原発事故に関してです。放射能汚染が拡大している時、東京に住む学友の
東内氏から電話がかかってき、「もう逃げ出した方が良いか?」と聞いて来ました。私は事故の状況を説明し、「未だその必要は無い。」
と言いました。事故が一応の収束を見た後、「あなたは原子力の事を良く知っている。安全スタッフ(厚労省傘下の労働新聞社の定期刊行誌)
に記事を投稿してくれないか?」と言われ、引き受けました。原子炉に関しては必ずしも専門ではないのですが、この事故は、真面目に
原子力の開発、運用に従事していた人の夢と希望を滅茶苦茶にし、10万人規模の避難民を生み、国民に20兆円以上の事故処理費を押し付け、
個人は誰一人として責任を負おうとしないのに対し、私の意見を言いたかったからです。政府事故調や独立検証委員会の報告書、関連出版物、
新聞記事等を読み、投稿文を書き上げました。これは東内氏と共著とし、2013年7月1日号に「福島原発―事故に学ぶ安全管理」と言う題で
掲載されました。更に、これを朋友の松瀬前電気学会会長に見せたところ、彼に「電気学会の倫理委員会で講演してくれないか?」と言われて、
引き受けました。妻に「あなたは福島事故のお蔭で、元気になったね。」と言って冷やかされました。安全スタッフは一般素人向けですが、
こちらは、本当の専門家が相手です。内容も工学的に変えて、構造面からも問題点や対策を指摘する資料を作りました。電気学会は大学、電力、
電気メーカーから成り立っています。講演を終えると、質疑応答の時間が有りますが、メーカーの連中はすっかり喜んで、会議室の使用予定時間を
1時間近く延長してストップがかかる迄質疑応答をしました。この間、電力の連中は苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていました。この後、
東内氏が「これに関する本を出版しないか?」と言って来ました。「そのためには、公開されている情報だけでなく、もっと詳しい情報が必要だ。」
と言って、関連書の著者やテレビに出演した人3名に当たりましたが、誰も会ってくれません。やはり、一市民が情報を採るのは無理と考え、
出版を諦めました。

 家庭内の話に移ります。息子は、小さい頃は超可愛いかったのですが、中学に入った頃から、全然可愛くなくなりました。卓球台を買って、
我が家のプレイルームに設置した時です。息子と卓球をすると、めちゃくちゃ速い球を打ちます。妻のボーリングを思い出します。これではとても
打ち返せないので、「お前は軽く返せ。」と言いました。すると、右の端に打ちます。返すと、左の端に打ちます。やっと返すと、右の端に打ちます。
体を反転させようとしましたが、足がもつれてひっくり返り、膝を床にしたたかにぶっつけてしまいました。これを見て、息子は腹を抱えて
笑っています。私は、膝が痛いやら、悔しいやらで「もうあいつは遊んでやらない。」と心に決めました。
妻はいくつになっても息子が大好きです。息子が東京へ行き学生生活を送り始めた時、私は青森へ単身赴任しました。息子に「ママは1人で寂しくなるから、
ママから電話がかかってきたら、邪険にするんじゃないぞ。」と言っておきました。すると、ある時、息子から電話がかかってきて「今日、ママから2回も
電話がかかってきた。」と言って、怒ってます。息子から見れば、大した用事でもないのに、1日に2回もママから電話がかかってくるのは信じ難い
ことなのです。若い同世代の女性の方が余程良いのです。そこで妻に「息子なぞより、俺の方が余程良いぞ。」と言ったのですが、妻は相変わらず、息子に
入れあげており、息子が帰って来ると、目一杯おもてなしをします。
息子が私に話すのはお金が要る時だけです。ある時、美人でスタイルの良い女性を連れてきて、「結婚する。」と言いました。あきちゃんと言うそうです。
「こんなのと結婚すると、結婚してから苦労するぞ。」と思いましたが、そんなことはおくびにも出せません。結婚式の費用は全額出させられました。
新婚旅行から帰って、我が家へ遊びに来た時です。妻が「買っといたから、これあげる。」と言って、毛布を息子に渡しました。息子はその毛布を
あきちゃんに頭からすっぽりと掛けました。あきちゃんは「もう怒ったぞ。」と言って、息子を押し倒し、組み敷いて、「さあどうだ。参ったか。
ごめんなさいは?」などとやってます。このことを私の妹に言ったら、妹が「うちの息子の嫁さんは、我が家へ来たら、いつも堂々と息子と一緒に
風呂に入りに行くよ。」と言ってました。私と同期の女性の皆様、ご主人の実家へ行ってこんなことをする度胸、有りますでしょうか?
息子は子供が出来ると直ぐ、埼玉の戸田公園駅から歩いて7,8分の所にマンションを買いました。30年月賦で払うそうです。私は、なけなしの金を出させられました。
さらに、最近そのマンションを売って、近くに一軒家を建てました。2人目の子供が出来て、マンションが狭すぎるからだそうです。35年月賦で払うと言い、
私はなけなしの金の残りを全部出させられました。子供は現在、7歳と4歳の悪ガキ真っ盛りです。訪れると、「来たな!さあ戦いだ。」と言って跳びかかって来、
力一杯叩き、蹴っ飛ばします。あきちゃんの年賀状に書いてあった「のびのびと育てたいと思っています。」と言う言葉が浮かんで来ます。「帰る」と言って
立ち上がると「帰すな」と言って上の子が押し返します。下の子が玄関へ走って行って、鍵をかけてきます。下の子は特に気性が激しく、息子が「電車に乗ったら、
大声で歌う。やめろと言ったら余計大声で歌う。口を押えたらひっくり返って泣く。もう手に負えない。」とこぼしていました。息子は聞き分けの良い子でした。
しかし、「誰に似たのだ?」等とは絶対に言ってはいけません。そんなことを言ったら、もう孫と会えなくなります。
  
   私の履歴書 F 今後の展望

 やり残したこと、自分の仕舞い方等

 我が家から車で1時間少々の所に桜の名所、北山公園があります。そこを見下ろす小高い丘に北山霊園があります。ここに我々のお墓を建てました。
墓石は桜御影とし、桜の枝を描きました。そして、

  See again under this cherry tree

と彫りました。あの世での妻との再会を約束したものです。

 やり残したことは、特に有りません。思い出はたくさん有ります。やりたい、やれると思ったことがやれませんでした。また、やれる訳がないこと、
あるいは、全く思ってもみなかったことがやれました。時の運でもあったのでしょう。私の人生を総括するのであれば、技術者としては、これ程恵まれて
いた人は他に無いと思います。しかし、サラリーマンとしては、課長止まりで、並以下と言えるでしょう。リタイアの年齢も62歳とかなり早く現役生活に
見切りをつけてしまいました。反省点として、もっと偉い人にゴマをすれば良かったとか、早くウラン濃縮に見切りをつけて、新しく何か違うことをやれば
良かったと思うこともあります。しかし、自らを貫いた過去があります。過去を否定する気はないので、やはりこれで良かったと思います。

 今や、昨日食べた食事のメニューも思い出せない程、認知症が進んでいます。

仕事なし趣味なし金なし能もなし
            医者とあの世も行きたくはなし

六無斎の心境です。

                               (終)


(参考文献)
⑴ 甲斐常逸 :遠心分離機の基本特性(2)ウラン遠心分離における軽ガス添加の影響
         日本原子力学会誌 17【4】186 (1975)
⑵ 甲斐常逸 :遠心分離機の基本特性(1)遠心分離機の濃度分布解析
         日本原子力学会誌 17【3】131 (1975)
⑶ 甲斐常逸他:遠心分離機の標準化概念設計          
動力炉核燃料開発事業団技術レポートSN841―72-―40 (1972)
⑷ 甲斐常逸他:C―2遠心分離機基本計画書      
 動力炉核燃料開発事業団技術レポートEZN643―74-―003 (1974)
⑸ 甲斐常逸 :遠心法による低濃縮カスケードの基本特性(T)
         日本原子力学会誌 17【1】31 (1975)
⑹ 甲斐常逸 :遠心法による低濃縮カスケードの基本特性(U)スケアードオフカスケードの最適化(動特性など)  日本原子力学会誌 17【5】240 (1975)
⑺ 甲斐常逸他:カスケード試験装置概念設計書     
 動力炉核燃料開発事業団技術レポートEZN643―74-―002 (1974)
⑻ KAI, T  :Basic Characteristic of Centrifuges,(V) Analysis of Fluid Flow in Centrifuges
                 J. Nucl. Sci. Technol.,14[4] 267   (1977)
⑼ KAI, T    : Basic Characteristic of Centrifuges,(W) Analysis of Separation Performance 
of Centrifuges    J. Nucl. Sci. Technol.,14[7] 506 (1977)
⑽ 甲斐常逸 :ガス遠心分離機によるウラン濃縮の設計解析研究
        名古屋大学学位論文 (1977)
⑾ KAI, T    : Analysis of Rarefied Gas Flow ―Full Solutions for Burnett Equations 
         J. Nucl. Sci. Technol.,17[2] 129 (1980)
⑿ KAI, T   : Numerical Analysis of Binary Gas Mixture with Large Mass Difference in Rotating Cylinder    J. Nucl. Sci. Technol.,20[4] 339 (1983)
⒀ KAI, T    : Theoretical Analysis of Ternary UF6 Gas Isotope Separation by Centrifuge
J. Nucl. Sci. Technol.,20[6] 491 (1983)
⒁ KAI, T    : Numerical Calculation of Flow and Isotope Separation for SF6 Gas Centrifuge
J. Nucl. Sci. Technol.,37[2] 153 (2000)
⒂ BORISEVICH,V : Numerical Simulation of Flow and Diffusion in a Gas Centrifuge:
Brief History, Status, Perspectives     The 6th Workshop Proceedings on 
Separation phenomena in Liquids and Gases, Nagoya (1998)
⒃ 動力炉・核燃料開発事業団:ウラン濃縮原型プラント 核燃料物質の加工事業に関する
許可申請書 (1986)
⒄ AOKI, E, KAI,T, FUJII, Y : Theoretical Analysis of Separating Nitrogen Isotopes by Ion 
Exchange     J. Nucl. Sci. Technol.,34[3] 277(1997)
⒅ KAI,T, et al. : Theoretical Analysis of Separating Nitrogen Isotopes by Ion‐Exchange (U)
 J. Nucl. Sci. Technol.,36[4] 371(1999)
⒆ KAI,T   : Numerical Analysis of Ion Diffusion Phenomena in Metal Oxides   
The 8th International Workshop Proceeding on Separation Phenomena in Liquids
 and Gases, Oak ridge (2003)  
(20) KAI, T  : Designing and Analysis Study of Uranium Enrichment with Gas Centrifuge
The 9th International Workshop Proceeding on Separation Phenomena in Liquids 
and Gases, Beijing (2006)