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浅田次郎さんの「おもかげ」を読みました。
浅田小説には今までにない内容でした。
主人公の竹脇正一は昭和26年生まれ(作家と同じ年の生まれ)の戦後の復興期を経験している。
大学を卒業し一流商社に就職し、妻を持ち2人の子供に恵まれ、関連会社に天下って65歳で仕事を全うして送別会を催してもらった。
順風満帆の人生のようだが、実はそうではなくて屈折した過去を持っている。
本人には二親がいない。謄本も真っ白である。
物心ついた時には施設の中で、拾われたときは桜色の風呂敷を身に着けていただけで名前も施設でつけられた。
元来聡明な子で働きながら学校に通い、奨学金制度を利用して国立の大学を卒業し、一流商社に就職した。
商社では寮生活でそこで無二の親友をえる。堀田とはそのご社宅暮らしの時もお互いの夫婦で親密な付き合いをすることになる。
親を恨み過去のことは誰にも話さず、のちの妻にさえ全てを話さなかったが、堀田憲雄にだけはすべてを打ち明けた。堀田は良く出来た人間で竹脇が退職した時は社長に上り詰めていた。
妻の節子はしっかり者だが暗い過去を持つ身である。
子供のころ両親が離婚し、おばあさんの家で育てられた。
二親とも再婚しその後あっていない。
やがて、子供(春哉と茜)に恵まれるが、上の春哉を4歳の時交通事故そして入院先での肺炎で失ってしまう。
夫婦は一時絶望の淵に置かれ、立ち直れない状態になるが、それを救ったのが堀田の一言であった。
さて、
送別会のあと花束を抱きながら乗った地下鉄丸ノ内線の中で正一は倒れて意識を失い、救急車で病院に運ばれるが、意識は戻らない。
施設での親友で幼馴染の建設業を営む永山徹が駆けつける。
そこで働き永山に人生の生きがいを見出された、少年院出の茜の夫、大野武志はよく気が付く優しい性格で、寝ずの看病をする。
しかし、声をかけても意識は戻らない。
物語はそこから不思議な展開をする。
よくわからないが、臨死体験とか体外離脱とか聞いたことがあるが、要するに正一は意識がないにもかかわらず夢幻を見るのである。
マダム・ネージュと名乗る80代?の素敵な女性に病院を抜け出して食事に誘われたり(時代は高度経済成長期である)、60歳前後のサンドレスの女、静との海辺でのおしゃべり。どれも、正一が今まで過ごしてきた経験のある場所だ。
また、同じ集中治療室で脳梗塞で倒れ運ばれてきた、やはり意識のない身寄りのない85歳の老人(カッちゃん)との体験。二人で病室を抜け出して、昭和20年代の世界をさまよう。
そして、最後に地下鉄丸ノ内線から赤坂見附で銀座線に乗り換えた社内で目にする衝撃の一幕。
焼け跡でカッちゃんたちを従えていた女の子が乳飲み子を抱えて電車に乗っている。
15歳になった女の子は乳飲み子を抱え、桜色の風呂敷を首に巻いている。
ーーこの場面の描写は浅田氏の絶妙な筆の運びを読んでいただきたいーー
正一の意識から、単に捨てられたと思い込み、素性を隠し親を恨んだ過去が消えてゆくのであった。
浅田次郎氏会心の一作でした。
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